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3ピース・ガールズ・バンド、ザ・ビトリオル。

メンバー全員が10代の内にインディーズ・レーベルと契約し、2011年1月にはミニ・アルバム『April』をタワレコ限定でリリース。

Aprilのジャケット

このアルバムの最後に入っている“シンデレラストーリー”の話を少ししたい。

そのタイトルとは裏腹に、少女の自慰行為的な脳内世界が淡々と描かれ、主人公は幸福を感じることなく、楽曲の幕は閉じる。時折確認できる現実世界らしき彼女のベッドにも、結局、他者は現れない。

“シンデレラストーリー”の「わたし」は、本当に絶望を抱えたまま、すべてが終わってしまったのか。文字をなぞればそうとも取れるが、どうにもそれを受け入れることができないのは、サウンドの構成、特にサビのアンサンブルがあまりに力強く、その音が、確かに、主人公の心が前進していると言っているように思わせるからだ。

ギター・ヴォーカル塩入冬湖の描く詞世界は、物語性を強く持ってはいるが、同時にそこには、抽象性も存在する。

描かれた世界が、どうとでも解釈できるように構成されているのだ。意識的なものかどうかはさておき、その答えを聴き手に委ねているのはたしかだ。

答えの提示はない。主人公が幸福になったのか不幸になったのかさえ、明確な解答は用意されていない。ただ、アンサーがないからこそ、たとえば……ビトリオルの楽曲は、その1曲が、ひとつの物語ではなく、物語の途中の1ページに過ぎない、と、考えることができないだろうか。

主人公たちは絶望と共に心中するのではなく、絶望と対峙している真っただ中に過ぎないのではないか?

物語の中の彼/彼女は、強かに小さな光を見詰めているのではないか?

蛇足だが、これは、簡潔でわかりやすいものばかりが求められる現行の音楽シーンにおいて、確実にアンチテーゼとして機能していると感じさせる事柄でもある。

常に現在進行形であり続けるその詞世界を胸に留めながら、あなたがこれを読んでいる今日もまた書き換えられるであろう、「ザ・ビトリオルという物語」の1ページを覗かせてもらった。

2011年10月にリリースされる2ndミニ・アルバム『i-ron』、その全国発売を前に語られる、ビトリオルの結成から、今。

バナー

2008 Prologue

◆3人は元々どういう繋がりなんですか?

佐藤アリア(Dr/Cho)「高校の軽音部ですね。元々のビトリオルを知ったのは私が高一のときです」

◆元々のビトリオルっていうのがあるんだ!?

塩入冬湖(Vo/Gt)「3ピースで、女の子3人でやってたんですけど、ドラムの女の子はすぐに辞めちゃって男の子のドラムが入って、その男の子も辞めちゃって、で、アリアが入ったんです」

小清水香代(Ba/Cho)「元々、ビトリオルを組んだのは私たちが高二のときだよね」

◆当時はどういうバンドだったんでしょうか?

冬湖「最初はコピーしつつですけど、初期からオリジナルも作ってて。でも、漠然とやり出した感じでしたね、当時は。自分のバンドがなかったんで、とりあえずバンドをやりたいなと思って、組んでたんですけど。メンバーチェンジがあったから全然落ち着かなかったんですけど、高校を卒業したくらいでメンバーが落ち着いたんで。そこからはガッツリと活動し始めました」

アリア「今はそれから3年ですね」

香代「ビトリオルの前にやってたバンドはコピーバンドだったからさ、自分たちでオリジナルを作って演りたいって言ってビトリオルを始めたよね?」

冬湖「…………」

香代「忘れたの? 覚えてないんだ?(笑)」

冬湖「いろいろ必死だったから覚えてない(笑)。前にやってたバンドのヴォーカルの持ってくる曲がクソみたいだったんですよ。かつ、歌もめちゃくちゃ下手で」

◆前のバンドのヴォーカルというのは女の子?

冬湖「いや、男の子です。そんなクソみたいな曲やるくらいだったら、自分で書いたほうがいいんじゃないかって思ったんです」

◆そうなんだ(笑)。その頃は、冬湖さんと香代さんと、そのヴォーカルの3ピース? ドラムは?

冬湖「ドラムも男の子がいましたね」

◆こいつが持ってくる曲はクソだなと思ってた時っていうのは、自分ではすでに曲を書いてたんですか?

冬湖「いや、全然書いてなかったですけど。でも、こいつよりはいい曲作れるなっていう感じだったんですよ」

香代「斬新な曲だったよね(笑)」

アリア「それは高一のときでしょ、私は知らないもん」

香代「歌も本当に下手だったしね(笑)。その男の子が、ヴォーカルが下手過ぎるってことで落ち込んじゃって。冬湖に『お前、歌えよ』とか言ってて、歌うことになったんですよね」

◆でも、そのバンドは解散したと?

冬湖「そうですね。その解散のあと三ヶ月くらいバンドをやってなかったんですけど。その頃はまだ、曲を作りたいなとは思ってたけど、形にしたことはなくて。で、作り始めたら、“同じ手”(前作『April』に収録)ができたんですよ。それがサラッとできて、そこからはバンバン作り始めましたね」

香代「で、ドラムは辞めてもらって……」

冬湖「男の子のドラムがいた期間は1年間くらい」

2009 Start Up

◆じゃあビトリオルが結成されて、ドラムは男でやってたんだ。その頃、アリアさんは?

アリア「私はその人がドラムだったときからビトリオルのライヴを観てましたね。ライヴに何度も行ってたし、ビトリオルが好きだった。だから、『クリスマスにドラムが脱退』っていうのがHPに出てて、凄くビックリしてました」

香代「クリスマス脱退ね(笑)」

冬湖「最初はサポートでアリアにやってもらったんですよね」

◆私が叩いてやろうかな、と思った?

アリア「いや、そんなふうには全然思ってなくて。年が変わってから、香代ちゃんからメールがきて、ドラムをやってほしいっていうふうに頼まれて、凄く嬉しかったんだけどビックリして。頑張ろうって思いましたね」

◆3人になった当初というのはどういう感じでしたか?

香代「やっぱり最初は先輩後輩っていうのが抜けなくて、結構、気を使うところもあったんですけど。でも、アリアがめっちゃいいヤツだったんで(笑)。サポートでやってもらおうっていう時点で入ってもらうって決めていたとこもあったんですけど」

アリア「私はサポートでやってた時は、メンバーになるなんて思ってなかったんですよ。自分では、オリジナル・バンドも初めてだったし、あたしでいいのかなみたいな気持ちがあって。ちゃんとバンドやりたいなとはもちろん思ってたんですけど」

香代「それが2009年の頭ですね。アリアはすぐに正式メンバーになったんですけど」

アリア「3人で初めてライヴをやったときには、本メンバーでしたね」

冬湖「アリアは、とにかくいいヤツだったんですよ。アリアがいるとバンドの雰囲気がいいというか。私はそれまで、バンドで怒鳴ってばかりだったんで」

◆前のドラムだった男の子に?

冬湖「そうですねぇ(笑)、ずっとギスギスしてたんですよね。だからこういう、ほんわかした感じが大事だなと思って(笑)。でも、3人でライヴをやるようになってからも、とにかく必死だったから……メンバーも変わって、高校も卒業したから環境も大きく変わったんですよね。だからバンドを転がしていくことに必死だった時期が長かったんですよね。2009年の後半はむちゃくちゃ辛くて、もうバンドを辞めようっていう時期があったんですよ。一度、香代が辞めたいと言い出して、そのあとに、活動休止しようという話になって」

◆なんで香代さんは辞めたいって思ったんですか?

香代「私は専門学校のPAコースに行ってたんですけど。周りが就活就活っていうふうになってて、私もそれに流されて、就職しなくちゃいけないのかなって思ってたんですよね。なんていうか……就職しなくちゃいけないとは思ってたけど、就職したいとは思ってなかったんですよ。学校は楽しかったから、就職マジックにかかってしまったんですよね。でも、心の奥底にはバンドをやりたいっていう気持ちがあって、そこに対して、最終的には素直になれたんだと思いますね」

◆その頃、冬湖さんは何をしてたの?

冬湖「私はまず春に、大学に3週間くらい行って……」

◆……そういう大学があるんだ?

冬湖「そうじゃないんですけど(笑)。大学は最初の3週間しか行かなくて。で、2年になるときには辞めましたね」

◆香代さんが辞めるって言い出したときはどう思いました?

冬湖「香代が辞めるんだったら解散しようって思いました。辞めるなら辞めるで仕方ないけど、ライヴのあとにしゃべってたら、続けるっていうふうになって。で、香代が脱退するっていう話のときは持ちこたえたんですけど、秋くらいにバンドを辞めたいなって思って、活動を休止するかもしれないっていう話になってたんですけど。いろいろと……もう、吐きそうでした(笑)」

◆その辺り、なんで吐きそうな日々だったのか聞いていいですか。

冬湖「大学を辞めて、私はもう本当に、バンドをやりたかったんですけど、でも、このままのビトリオルじゃ駄目だなと思って。ライヴも入れないで、落ち着く期間が作りたいなと思って、自分と向き合ってどういうバンドや音楽を作りたいのか考えたいと思ったんですよ。で、2010年に入ってから全部思っていることをメンバーのふたりに伝えたんですけど、そうしたらだいぶやりやすくなったんですよね。その頃、今のレーベルの担当者の人に出会うんですけど」

2010 Confusion

◆活動休止になりそうな危機だったとき、どういう気持ちでしたか?

香代「その頃は実際、バンドの雰囲気も悪くて、冬湖の気持ちがあんまり乗ってないんだろうなっていうのがわかってた感じですね」

アリア「私はそのとき高三で、受験っていうか、進路も決まっていて、自分のやりたい音楽は何かって考えてたんですけど。2010年の、高校3年の秋には、私はずっとビトリオルをやっていきたいなって思っていて。ふたりとはまた心境が違ったんですけど(笑)。ドラムうまくなって、ビトリオルをよくしたいって思って音楽の専門に行くってなったんですけど、それで自分的には落ち着いてたんですけど。その活動休止したいっていうのを聞いて、私は『おっ!』って思って、どうしようって考えたんですけど。でも、ふたりが……」

◆うん。

アリア「特に冬ちゃんかな。冬ちゃんが、自分を追いつめてそんなに悩んでたことを気づかなかったから、それも、申し訳ないじゃないけど。気づけなかったなとか、至らない部分があったなって思ったんですけど。でも、解散、辞めるっていうふうには言ってなくて、休止したいって言ってて。その間の時間って結構大きいと思ったんですよ。やるんだったらずっとやったほうがいいし、やらないならやらないで決めたほうがいいと思う、っていうふうに、私は説得じゃないけど、そういう話をずっとしてましたね。だからその頃は3人とも凄い悩んでました。たぶん、その冬ちゃんの気持ちが落ち着いて、楽しいな、ってなった時に、結構あっさり、よし、続けようってなりましたね」

香代「結構、悩んでる期間が長かったんですよ」

アリア「で、私は私で学校もなんのために行ってるんだろうとか思ったりして。行ってるときは楽しいんですけど、バンドがうまくいってないからなんなんだろうなって思ったりしちゃって」

冬湖「いろいろやり過ぎて疲れちゃったんだと思うんですよね。バンドの全部を自分でやらないと安心できないんですよ。でもそれだと疲れちゃって、楽しくなくなっちゃう。そういう状態が2010年の春くらいまではずっと続いてましたね。熱の差というか、そういうものを感じちゃってたんじゃないですかね。それが凄い嫌だったんですけど、それを全部言ったんですよね、2010年の春に」

香代「なんかまだその頃は壁があったよね、気を使ってたのもあると思うし。そのときはまだ言いたいことを言えてなかったんですよね。で、冬湖は曲を作ってる側だからそういうところにも敏感だと思うから。そういうところからなかなか踏み出せなかったんだと思うんですよね。でも、今はそういう時期を乗り越えたからこそ、今の、みんなが余計な気を使わないでやれてる状況があると思うんですよね」

◆レーベルにはどういう経緯で所属したんですか?

冬湖「八王子でライヴをやり始めた時期に……元々、グラタン(グラムタンクス。小田原のポップ・パンク・バンド)を観に行ったりしてたから、八王子のバンド・マンと繋がりがあったりもしたんですけど。あるとき、RIPSでエンプティとやったときに今のレーベルの担当者にライヴを観てもらって、CDを渡したんです。そしたら気に入ってもらって、ライヴにきてもらうようになったんですけど。ちょうど、そのときデモCDを作ろうと思ってて、それを一緒に作ろうとなったんですよ。それが“シンデレラストーリー”と“SUPER SPACE”が入っていたデモで」

◆『April』の前からレーベルと一緒に作ってたっていうことですよね。

冬湖「そうです。それを、レーベルと一緒に作ったんですけど。そのデモを作ったあとに、正式に、タワレコからCDを出すっていう話をもらったんですよね」

2011 St. Valentine’s Day

冬湖「今年のヴァレンタインのライヴの日に事故ったんですけど」

◆交通事故ってこと?

冬湖「そうですね。その時、何故か、ナチュラルハイで」

◆2月15日の朝?

冬湖「そうです、そうです。そこで、3人で帰ってるときに、言いたいことを全部言ったんですよ。その日から凄く楽になった」

アリア「そのときは、うちら、何も言えなかったんですよ。超怖かったし、凄く張り詰めた空気で」

◆2010年の春も転換期で、その後も気を使っていたところがあったけど、今年のヴァレンタインでいろんなしがらみがなくなったんだ?

冬湖「私が本当に楽になったのは、今年のヴァレンタインからかもしれないですね」

香代「でもそうだなぁ、私もそうかもしれない。あれからはそういうのないもんね。やりにくい空気になったりとか」

◆それは何、その時言われた内容が凄く自分たちに響いたってこと?

アリア「自分でわかってることとか、思ってても言えなかったり、できなかったことがあったと思うんですよねその当時は。それで凄く言われたことについて考えてて」

冬湖「その頃私は事故ってましたけど(笑)」

香代「ビックリした(笑)」

◆あっ、みんなで乗ってたわけじゃないんだ?

冬湖「ふたりを送ったあとですね、私はひとりで運転していたときで」

香代「その日、そういうふうになったのはライヴがダメ過ぎてだったよね、そのライヴがあまりにクソで。なんで前に、こうしようって言ったのに、できないんだっていう……」

冬湖「信用の問題というか。これをこういうふうにやって欲しいと言ったら、それができなきゃ任せられないから。だったら一緒にやれないし、やる必要がないっていうことを言ったんですよね。それはもう、バンドとしてどうこうじゃなくて、人間として、信頼できないっていうことですよね。それを言ったんですよね」

香代「あの時はもう全部だったよね」

アリア「もう、全力で変わろうって思いましたね。去年悩んでたのはまだお互いが知り合ったばかりだったけど、2月のバレンタインのときはお互いをある程度知った上でわかってきた問題だったから、余計に自分の中で大きかったんだと思います」

冬湖「うん、アリアは一番変わったかもしれないね」

◆そういう紆余曲折があって、まぁ、そのヴァレンタインより前なんだけど、1月に『April』が出た頃というのは、どういう気持ちだった?

冬湖「嬉しかったです」

香代「嬉しかったんですけど、こういう未熟なな状態でCDを出していいのかっていう気持ちは多少ありましたね」

冬湖「でも、嬉しかったですよ。曲をいいって言ってくれる人がいて、自分がやってきたことが報われた気がして、純粋に嬉しかったです」

◆1月に『April』が出た時は、3人はいくつだったんですか?

冬湖「ふたり(冬湖&香代)が19で、アリアが18ですね。でも、そのヴァレンタインのときからは本当にストレスがなくて。順調にツアーも終えれて。一緒にいる時間も増えて、今は凄く順調ですね」

◆10月に2ndアルバムがリリースされるわけですが、この後の展望とかありますか?

香代「もちろんバンドとして知名度を上げていきたいっていうのもあるんですけど、やっぱり自分たちがやりたいようにやる、っていうのを最優先にしていきたいですね。あんまり縛られたくない。でも、やっぱり売れたいです(笑)」

アリア「ビトリオルらしさを出していけるようになりたいし、さらに、一人ひとりがプレーヤーとして、このギターもいいし、このベースもいいし、このドラムもいいしっていうふうになれたらいいですね」

冬湖「ビトリオルがビトリオルとしてやっていくっていうのも大事なんですけど、一人ひとりが、ひとりでもしっかり音楽をやっていけるバンドになればいいなって思いますね」

香代「なんか今日の話だけだと、トラブルだらけのバンドみたいになっちゃいましたけど(笑)」

END

Text by Quishin

※2017年11月1日追記

現在、塩入冬湖、小清水香代のふたりはFINLANDSとして活動中。

↓FINLANDSの公式サイトはこちら
http://finlands.pepper.jp/