記憶
WRITER
miporu
「I have not driver lisence」by miporu(2/4)初出:2011年
天気予報通り、今にも雨が降り出しそうな空。昼間なのに薄暗いその空は、いつも大学生の私に授業をサボらせた。この日も、今さっき来たばかりだというのにすでに一通り授業を終えた後のような、けだるい気分。何をするでもなく、ガランとした学生ホールで私は一人音楽を聴いていた。
遠くから、急ぐようすもなく彼が歩いてくるのが見えた。私はすぐに気がついたが、気がつかない振りをして音楽を聴き続けた。彼はいつも通り昼過ぎに登校し、当たり前のように授業へは行かず、私の前に腰かけ、子供のように瞼をこすった。しばらくボーっと遠くを見つめ、それに飽きると、私の耳からイヤフォンをはずし、「おはよ」と上目づかいで呟く。
「おはよ」と私は力なく返す。
しばらくすると今度は私の手からプレイヤーを奪い、触りだす。私は黙ってその指の動きを見つめる。再生回数の一番多い曲を調べて、「この曲が好きなの?」と彼は聞く。
私は「好きだよ」と答える。
彼はその曲を聴くわけでもなく、また瞼をこすりうたた寝を始める。
まっすぐ彼の目を見てこの言葉を言えたのは、後にも先にもこの時だけ。
あのときの言葉に特別な意味があったことなど、彼は知らない。
暗くて重い雨の日はなぜかいつもこの日のことを思い出す。
雨の湿気と、喫煙所の匂いと、彼の美しい指先のこと。
そしてあの時飲み込んだ想いの味。
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