塩入冬湖、『i-ron』ソロ・インタヴュー
WRITER
くいしん twitter.com/Quishin
10月12日にリリースされたザ・ビトリオル2枚目のアルバム『i-ron』。
僕はCDに封入されているライナー・ノーツを書かせてもらったので、ここでは多くを語りません。
CDを購入してもらって、音を聴いて、ライナー・ノーツに目を通してもらえると嬉しいです。ビトリオルの音楽を聴いて、何かを思ったときに、または、ビトリオルのことをもっと知りたいと思ったときに、このインタヴューを読んでもらえたら、それだけで僕は幸せです。
『i-ron』の帯に記されている、
あなたの生きている現実と、わたしの頭の中の幻想、
その狭間をゆらめく奇跡を描く、七編のラヴ・ストーリー
も、ライナー・ノーツと同じく書かせていただいたのですが、このインタヴューを読んでもらえれば、帯に書かれている上の2行の意味を、なんとなくでもわかってもらえるのではないかと思います。
塩入冬湖、初めてのソロ・インタヴュー
◆凄くピンポイントな作品だと思いました。焦点が定まっているというか。抽象的な言い方になっちゃうけど、『April』は、全体に光が広がっていくようなイメージなんだけど、『i-ron』は、直線的というか。一筋の光みたいなイメージなんです。これは何故だと思いますか? また、『i-ron』を制作にするにあたってのテーマってあったんですか?
冬湖「今回のアルバムは、『April』とは違って、恋愛の曲縛りっていうのがあって。それは別れであったり成長であったり、いろいろあると思うんですけど、そういった気持ちを突き詰めたのが『i-ron』になりましたね」
◆あっ、恋愛縛りなんだ。何故、「アイロン=鉄」っていうタイトルにしたんですか?
冬湖「まず、鉄っていう意味にしたくて。昔から鉄っていう言葉を入れたかったんですよ、なんでかはわからないけど。溶かすといろいろな形になるし、冷たいし、なんかかわいいなと思って。鉄が好きなんだと思います。で、前作の『April』よりも『i-ron』のほうが自分のことを歌っているんですよね」
◆じゃあ、ある意味ではパーソナルなんだ。だから、直線的なイメージなのかもしれない。
冬湖「そうですね。だから、ここからスタートというか。今まで作った曲はここで全部出して、また新しいものを作り出していこうっていう意味でも、凄く大事な作品ではありますね。凄くポップなアルバムになったなって思ってますね。自分の中でのポップっていうのが凄くあって、自分の中でエモーショナルとか、エモいっていうのはあんまり気にするところだとは思ってなくて。自分で表現したいことをやりたくて、自分の中でのポップっていうのを追求したくって。それで今回のアルバムを作りました」
◆冬湖さんの言うポップっていうのは、たとえば、たくさんの人に聴いてもらいたいなぁとかそういう気持ちですか?
冬湖「もちろん結果的にそうなるのは嬉しいことなんですけど、多くの人に聴かれたいとか、好き嫌いとかどうでもいいんですよ。そういうことよりも、どんなに暗い曲でも、ポップなところがあるというか」
◆ビトリオルの歌詞って、別れとか喪失とか諦念みたいな感情とか、そういう、まぁそれを「暗い」っていうのもちょっとおかしな話だけど、そういうネガティヴな感情の歌詞でも、決してダウナーな気分にさせないんだよね。そういう歌詞でも、たとえそれがマイナー・コードの上で歌われていても、決して嫌な気持ちにさせない。それがポップっていうことだと思うけどね。『i-ron』という作品をきちんと聴くために、『April』についても聞きたいんですが。こちらはどういう何故こういうタイトルになったんでしょうか。
冬湖「『April』っていうのは、季節感を持ってないアルバムなんですよ。この作品は、幻想的だったり、現実だったりっていう、その狭間を描きたかったんです。だから、暑い夏でも寒い冬でもないっていう意味で、季節の真ん中で『エイプリル(=春)』なんです」
◆現実の部分と、幻想を混ぜていくというのは、なんでそういう発想になったんですか?
冬湖「恋愛でも生活でも、こんなことありえるわけないって思ってても、想像しているところってあると思うんですよ。もしかしたらある、っていうのを、想像しながら生きてる……私はそうやって生きてるんですけど。そういうものの狭間が、一番人間らしいのかなっていうのがあって。人間味を帯びてる部分っていうのが、その真ん中だと思ってるんですよ。たとえば、“シンデレラストーリー”もそうなんですけど。夢というか、ありえないことと、自分の普段の生活、それを掛け合わせた中間の歌が“シンデレラストーリー”だと思うんですよ」
◆うん。
冬湖「シンデレラっていうおとぎ話って、普通の世界では絶対に起こらないような話じゃないですか。でも、私はどこかでそういうことがあったらいいなって思っているところがあって……だから、絶対に現実では起こらないことが歌詞に書いてある。でも、それが起こったらいいなって思っている私もいて。そう思っている部分もあるんだけど、でも、現実で生きてかないといけないし、現実でやりたいことがあって、会いたい人がいて、でも、会いたい人とは会えないっていう。それを対比してるのが私の中では“シンデレラストーリー”っていう曲ですね」
◆本当は、現実だって、はっきりしたものではないし、幻想だったりとか架空の物語っていうものは、常に人の頭の中にあるものなんだよね。それは小説家とかミュージシャンだけが持っているものだけではなくて。たとえば311でもいいんだけど、「こんなことが起こるなんて思っていませんでした。空想の世界の物語としても描かれないようなことが現実に起こりました」って言うんだけどさ、でも、それは、世界的な事件や事故、みたいなことじゃなくても、自分の生活の中にも実はそういうことはあるんだよね。ビトリオルの歌詞っていうのは、そういう感情が描かれているよね。悪い意味ではなくて、曖昧なんだよ。でも、現実って実は曖昧なものだからね。
冬湖「そうですね。そこは現実的に表現したい部分なんですよね。自分で書いていてもそうだし、いろんな曲を聴いててもそうなんですけど、『僕は君以外愛せない』とか、『僕は君だけでいい、君が一番大事だ』とか。そういう歌詞を聴いてても、でも、実際はその人がいなくなったら、違う人のことを好きになるじゃないですか?って思うんですよ。違う人でも代用できるじゃんっていう、そういうことは意識的に考えて歌詞にしてますね」
◆現実と幻想を混ぜていくっていうのは凄く納得のいく言葉だなぁ。現実と空想の部分が混ざり合ってて、曖昧部分があって、それを提示したほうがリアルに感じられるっていうのは凄く納得できる。ある意味では、凄くスピッツ的なところだよね。だから、カヴァーをやることが凄くしっくりきた。
冬湖「自分が聞いていて、そういう歌のほうが、気づくことが凄く多いですよね。だから自分もそういう歌詞を書いているのかもしれないです」
◆他人に対して、凄く喜ぶときもあるし、凄く悲しいなって思うときもある。でも、普通に生活している人たちが抱えている気持ちっていうのは、その間の部分なわけじゃん。そういう、凄い笑ってる、凄い泣いてるっていうもののほうが分かりやすいし、物語になりやすいんだけど、その間を描いているんだよね、ビトリオルは。答えが提示されていたほうがわかりやすいし、受け入れてもらいやすい。今の日本のポップスっていうのはそういうものが多いんだけど、でも、いわゆるロック・バンドの歌詞っていうのはさ、100人読み手がいたら、100通りの読み方ができたほうが絶対にいいんだよね。それがポップっていうことだからさ。はっきりと断定されてしまっていたら、つまらないんですよ。でも、ビトリオルの歌詞はそういうものじゃない。自分の歌詞は、ひとつの楽曲の中で何か答えを提示していると思う?
冬湖「答えという答えはそんなに……こういう恋愛だったらこれが答えで、こういう成長だったらこれが答えだとかっていうのはみんな違うわけじゃないですか。マニュアル化された答えのようなものはあるのかもしれないけど。で、私は、今の自分の答えを提示はするけれども、その答えっていうのも、今の自分の判断でしかないんです。本当は死ぬときにならないとそれが正解だったのかどうかなんてわからないわけじゃないですか。自分にとって、その人がいい人だったか悪い人だったかなんかわからないわけですよね。で、今の自分の答えはこれというのがあって、それに今の段階で共感してくれる人もいるかもしれないけど、でも、私はそうじゃなかったとか、そういうのもあると思うんですよ。だから、世の中的な正解ではないかもしれないけど、自分の思っている答えを出してる曲だと思うんですよね」
◆いいふうにも悪いふうにもとれると思うけど、「あっ、この曲はこういう曲なんだ」って思わないというか。余白があって、聴き手に委ねてる部分が大きいよね。
冬湖「んー……言い切ってるというか、自分なりの答えは歌詞の中で言っているつもりではあるんですけど。答えが出なくても、今はこう思っているっていうのを言っているつもりではありますね。そういう途中経過の気持ちで、共感してもらえたり何かを思ってもらえたらいいなとは思いますね」
◆自分の中では、1曲の中にひとつのストーリーが、ストンッて全部入ってるの?
冬湖「入っている曲もあるし入っていない曲もあるんですけど、答えというか、これが正解だっていう完結になっていない曲もあるんですけど」
◆途中経過が1曲として描かれるっていうのは面白いよね。終着が描かれていない曲が本当に多い。
冬湖「でも、空想で書いた歌詞っていうのは自分の中で完結させられる」
◆そっちのタイプの曲は今作で言うと、何になるんですか? 人の気持ちになって書いて、完結しているものというと。
冬湖「“ロンリー”とか、“赤い観覧車”もそうですね。“ロンリー”は、漫画を読みながら書いたんですよ。『僕等がいた』っていう漫画で、その中で凄く嫌われている女の子がいるんですけど。でも、よく考えれば、その女の子は凄く正しいことを言ってるんですよ。綺麗事じゃなくて、自分がいいと思っていることを言っているだけで。この子は本当に恋愛に向き合っているんだなと思って、その女の子のことを思って書いた歌詞なんですよ」
◆この子が人間らしいと思ったのはどういうところで、何故、その人について書かなきゃって思ったの?
冬湖「絶対に報われない恋だけども、それがわかりきっているけども、どこかで待ち続けているというか。で、私は『僕等がいた』のことを本当に好きで。誰の気持ちなら自分はわかるんだろうと考えたんですけど。そうしたらその子だったんですよね」
◆そういう世界を歌詞に書くことによって、自分が言いたいこととか、伝えたいことっていうのはなんなんですか?
冬湖「“ロンリー”に関しては、本当に自己満足で、そういう意味では少し特殊ではあるんですけど。その女の子のためだけに書いたっていう感じですね。たとえば“MY GIRL” は自分のことなんですけど。自分が生きてきた成長過程を書いたっていうイメージですね。“April”とか“ワンダーランド”も、自分の経験してきたところからというか、自分の体験が元になっていると言ってもいいかもしれないです」
◆最後になるんですけど、ビトリオルの歌詞というのは、幸せな瞬間というのがほとんど描かれてないですよね。たとえば恋愛の歌でも、自分が幸福な瞬間に対してはほとんど歌われない。ゼロと言ってもいいかもしれない。それはどうしてだと思いますか?
冬湖「葛藤しているからですかね。普段の生活でも、音楽やバンドに対してでも、落ち着いていられるものがないんですよね。だから、今、生きている自分は、葛藤しているから、葛藤している曲を書いてると思うんですよ。たぶん30歳になって、今よりも多少は落ち着いたときに、今の歌詞は書けないと思うんですよね。でも、30歳になったときに、今の歌詞を見たときに、そのほうが納得できると思うんですよ。だからビトリオルを聴いてくれてる人たちには、これからも末永く見守ってもらって、そういう変化とかも見てて欲しいですね」
END
Text & Photo by Quishin
※2017年11月1日追記
現在、塩入冬湖はFINLANDSとして活動中。
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http://finlands.pepper.jp/