幸福論

WRITER

miporu

「I have not driver lisence」by miporu(3/4)初出:2011年

 


 

steve jobsが亡くなった。

初めに言っておくと、私がAppleのコンピューターを頻繁に使うようになったのは1年程前に仕事を始めてからだ。その前にもiPod touchは使っていたが、そこまでApple製品を意識して使っていたわけではない。だから彼についてそこまで深い思い入れや知識があるわけではないので、過多に語ることは避けたい。

しかし、彼の訃報を報じるニュースをみるたびに、涙が流れる。

それは彼の言っていること、死に対する思想が、心に響くからだ。純粋にその思いだ。Macを仕事で使うようになるまで、私のなかでMacは操作が難しいという印象しかなかった。

しかし、いざ仕事で使い始めると、瞬く間にそのシンプルさ、使い勝手の良さを実感した。写真を撮る者にとって、インターネット上に自分の写真を載せることは、ある部分で妥協をしている。

それは絶対的にフィルムから紙にプリントされた写真のほうが美しいからだ。

でも、より多くの人に写真を観てもらうため、仕事のため、表現の幅を広げるため、その他いろいろな理由、事情で写真家たちはネット上に写真を載せる。

その写真をネットの中で一番良い形で閲覧できるようにMacは作られていると思う。あくまで個人的な感想だけれど。写真だけでなくあらゆる表現者の可能性を広げてくれるのがMacなのかもしれない。

今回彼の死を受けて、私が感じたことはどんなに才能があり、技術があり、情熱があり、お金もあり、成功者であり、愛されている人であっても「病」には勝てないのだということだ。

彼はきっと世界最高の治療を受けただろう。しかし、56歳という年齢でこの世を去った。

「自分が間もなく死ぬことを覚えておくことは人生の重要な決断を助けてくれる私が知る限り最も重要な道具だ」と彼は言っていた。

彼は人生で何が重要か自分の死期を知ることで考え、きっとそれを全うしただろう。

「悔いのない人生」なんていうものは、残された側が大切な人が亡くなった時の喪失感を埋めるために作られた言葉であって、実際は存在しない。どんな人間だって少なからず悔いを持って死んでいくだろう。

そう思うと世の中で一番強いのは「病」ということになる。だから当然だが健康な体は何よりも大切にすべきモノだ。しかし、その「病」が100%悪かと言ったら、私はそうは考えない。

事実、私は難しい疾患を持っている。

この病はいつも私を悩ませるし、規制も与える。時には肉体に苦痛も与える。

しかし、今の私の人生があるのはこの病があったからなのだ。これははっきり断言できる。病気をしなければ写真を撮ることもなかっただろう。写真がなければ海外に一人で行くこともなかっただろう。すると英語を学ぶこともないし、この4年間で出会った愛すべき友人たちに出会うこともなったかもしれない。そう思うと今の私を作る全ての要素は、この病がきっかけで存在しているのだ。

病に侵される前の人生と後の人生、どちらの自分が好きかと問われたら私は迷わず後者を選ぶ。

健康な頃、その時はその時でそれなりに幸せだったが、いつも何か物足りなさを感じて生きていた。それは「なんでも出来る。」という贅沢すぎる環境のなかで、自分のやるべきこと、やりたいことを選べずにいたのだろう。

だから、この病になることである意味で、制約が与えられた。その中で出来ること、そして他人と比べるのではなく、自分が心から望むことを知ることが出来たのだと思う。

それは、もしかしたら健康体だったら一生知らなかったことかもしれない。今の私は目標もあるし、大きな夢もある。それは、もしかしたらこの病によって叶わないかもしれないし、叶うかもしれない。

今の段階では何もわからない。しかし、今は自分の出来る範囲でその夢に向かってやれることを精一杯やること。それが全てだ。結果ではなく、そこへ向かうプロセスをいかに楽しめるか、

それが人生ではないかと思う。そして結果は必ず着いてくるものだと信じている。

だから、もし私が人生の選択が出来て、この病のある人生と、ない人生、どちらを選択するかと問われたら、どちらを選ぶか迷うだろう。人は当然、病のない人生を!と言うかもしれない。でも、必ずしもそちらの人生が幸せだとは限らないのだ。病を受け入れ、その中にある幸せに気がつけた人、もしくはそれを知っている人が、その病を克服した時、それが一番輝かしい人生になるのではないかと私は思う。

steve jobsの死から、私はそんなことを考えた。

人はなぜ表現するのか、正解などわからないが、それは生きた証を少しでも残したいからではないだろうか。その点で、steve jobsは間違いなく人類史上最高レベルの生きた証を残した人物だっただろう。

 

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